2016年。東京は四谷。テニス仲間7人と飲んでいた私は、テニス界の闇 をのぞくことになります。居酒屋の2階の個室。気の置けない仲間。「カンパァ~イ!」と、ビールで喉をうるおすと、1時間後には岩手の地酒に。少し“タガ”が外れ始めた私は、突如、一番はしの席からひょいと首を前に出すと、赤ら顔で聞いたのです。
「今のテニス環境に不満はあるの?」by 田中
酔っ払いがはなった何気ない一言。その言葉は、場をシ~ンと静まりかえらす威力がありました。そして2秒後。今度は言葉の暴風雨が、酔っ払い7人の口から吹き荒れます。
口火は、体重92キロながら走るとライオンのように速いAさん。「よっ、よくぞっ、聞いてくれた!」と、“トロ~ン”としていた目をグッと見開き、
「いつも、いつも、アドバイスが同じ。それが不満。なかなか直らない欠点でも、違う視点からのアドバイスであれば直る可能性があると思うんだ!」
と、長年我慢していただろう心情を吐露します。
その言葉に勇気づけられたか、「我慢のテニス」が自慢のNさんが…
「そもそもアドバイスが少なすぎる。ましてや、個人的なアドバイスとなると、皆無に等しい!」
いつもの穏やかな口調はどこへやら。まるで、反対デモで声を荒げる群衆のように、きつい口調で言ったのです。
続いて身長180cm、“下町のビッグサーバー”と呼ばれるHさんは…
「年下なのに、テニスが上手いだけで上から目線だし…」
と、唾を飛ばしながら本音をポロリ。後は、もう、出るわ、出るわ。酔った勢いで、“7人の侍”と化したウィークエンドプレーヤーは、言いたい放題。再び、誰が何を話しているわからないカオス状態に突入したのです。

すると…「ちょっ、ちょっ、ちょっと、ストップ!」と、田原総一郎ばりの司会ぶりが有名な最年長61歳のKさんが、「まだ意見を出してTさんはどうなの?」と、上座の中央に陣取り、皆の意見を1人静かに聞いていた頭脳派ベテランプレーヤーに振ったのです。するとTさんは…
「うちのスクールは、中級以上で試合に出るようになると、皆辞めていく。アドバイスに従っていては、試合に勝てないことを肌で感じてくるからだ!」
と、爆弾発言。続けて…
「今や、ユーチューブでプロが打つ映像を誰もが見ている。だから、普段もらうアドバイスが有効でないことがわかるんだ。そのため、表面では“フン、フン”と聞くが、実際はアドバイス通りに打たないんだよ!」
と、さすがテニス歴32年の“大御所”らしい裏事情を披露したのです。
すると、「なぁ~んだ、君のところもか!」、「やっぱり、そうなんだ!」、「うちも同じ!」 と7人誰もが口々に言い始め、最後は「じゃぁ、このくだらなくも素晴らしきテニス界にカンパ~イ!」と、CMのような言葉を繰り出し、宴の終焉を合図する最後の一杯を全員で飲み干したのです。